あの日の事は今でも詳細に覚えている。パートナーとの会合のため、八重洲口のカフェで珈琲を注文し席に付いた直後だった。
まず家族の安否を確認し、地震の情報を追いかけたところ、強い震度に関わらず震源地が東北であったことで地震の規模が大きく、被災が気になってスマホで連絡しまくったのだが、既にカフェで待ち合わせのパートナーとの連絡さえ取れない状況になった。
さて、当日の詳細は差し置いて、この三年間気にかけたことを上げてみたい。
震災直後、被災地や支援をする金融庁、被災した自治体などから様々な要望があり、下記の通り直接的間接的に関与してきた。
1.津波による汚染土壌の修復
2.津波による田畑の塩害の修復
3.再開発にかかる土壌汚染の浄化
4.仮設住宅エリアの土壌の腐敗の防止
5.新エネルギー技術提案
6.中国エコシティのノウハウを利用した都市再開発の提案
主なものでもこれだけあったのだが、結果は何一つ動くことはなかった。
低予算で実現する土壌改良ですら、あらゆる技術、事例を集めるばかりで問題は解決しなかったようだ。
まるで、英語が話せない教師があらゆる教材を集めただけの状態であった。
再開発に関しては間接的な関与だったが、目的が補助金そのものとなり、事業者だけでなく、次第に出てくる現地側のエゴも見え隠れするようになり実現など無理だと感じたものだ。
メディアやボランティアはじめ関与する人々は、被災前の現地の文化、社会を美化し、復興、復旧を唱えていたが、現実は、震災前から経済的にも社会的にも問題を多く抱えていた事を理解する必要があろう。
政府には、政府ファンドを使い、市場性ある産業を持ち込み、中国市場と結びつける事で雇用を創出する思い切った施策を打診したものだ。
しかし、ほとんどの政治家は、検討すると言うだけで、毎週のように単独で被災地に出向き、名前を売り込むばかりで復旧の邪魔をしていた場面に出くわした記憶がある。
予算予算と叫んでも、ろくな計画も現れず、震災直後は評価が高かった日本も、今では地に落ちた感がある。
一体、東北をどうするのか、日本をどの方向へ導くのか、安倍総理の動向を見てきたが、どうも、憲法改正しか頭にないようだ。