2014年6月20日金曜日

松井石根を正しく理解しているのか?

松井石根をご存知だろうか?
東京裁判で死刑判決を受けた7名の内の一人であり、「南京暴虐事件」での不作為責任が死刑への判決となった。


まず、東京裁判において南京事件が何を裏付けとし、どのように立証されたのか疑問に思う日本人が多くいると思うが、今回は、松井石根の人物を追ってみたい。

私は、先勝国が裁いた戦犯と内情を知る当事国日本が見た戦犯評価、戦争責任のあり方とは異なる事が多く、戦争総括は必ず行う必要があると考えている。

日本国民ですら、知らない事実が多く、ましてや世界が理解できないのは当然のことだ。

それはともかく、松井石根はどんな人物だったのだろう?南京事件を煽り、無責任な行動を取ったのだろうか?

以下はネットにも出ている内容だが、中国びいきであった松井石根は、暴行を行なったと聞くや厳しくなだめた人間であった。


現在、中国から極悪人呼ばわりされている松井ではあるが、実は日中友好論者であったようだ。

中国駐在中に孫文の思想に共感し、支援をしたり、また日本留学中の蒋介石とも親交があった事実もある。

日中戦争では中国と敵対した先鋒とはなったが、帰国後に日中双方の戦死者を共に祀る「興亜観音」を建立し、近くの山麓に庵を建て、観音経をあげて菩提を弔う隠棲生活を送ったという話は有名だ。

松井は軍紀の粛正を改めて命じ、合わせて中国人への軽侮の思想を念を押すようにして戒めた。



下記は松井石根の考えを示したものである。


世界は政治的及経済的ブロックの境に従って区画せられて居り、その内若干の大国が主体となって国際聯盟が利用せられて居るのである。亜細亜に於て日支両国の如き鮮明なる政治的大陸を形成するものが、相互の間何等の諒解もなく、個々別々に聯盟に加入し、両国間の直接交渉によって解決せらるべき問題をも、本来極東には縁もゆかりもなき、従って認識も理解もなき欧羅巴諸国の手に鍛錬せられて、日支相互の反目と抗争を激成するの具に逆用せられたこと、せられっゝあることは、東洋永遠の平和の為めにも、亜細亜復興の為めにも、遺憾至極と云はなければならぬ。

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