2014年7月1日火曜日

尖閣諸島論考(新)


(注) 本文は、現在誰でも入手可能な情報を元に、歴史、国際法、経済、外交、人道的な観点から考察し、誰もが理解できるよう平易に表現した。但し、引用した元情報の真偽により論理に変更があることを断っておく。


0.100年以上前には、台湾と沖縄人は自然な管理下により自由な漁業を営んでいた。ちなみに当時は3海里ルールであった。

1.無主地だった尖閣を、国際法上の先占の法理に基づき、領有に向けて杭を打つことを閣議決定した事は、1885年までは日本の領有ではないことになる。

2.1885年に陳情・請願により、内務省により調査を開始する。

調査によると、当時は「尖閣」ではなく中国名が付けられていた。井上外相は山県有朋内相宛に、独自判断による領有は中国との問題になると書簡を送っている。

中国(清)、台湾国内では、日本が尖閣諸島を占拠すると牽制していた記録がある。

3.1895年1月に秘密裏に閣議決定を行い、杭を打つ認可を出す。
中国(清)、台湾にも通告せず、官報にも掲載せず国民にも知らせていない。

当時の状況としては、日清戦争(1894年7月25日〜1895年11月30日)が勃発、1895年(明治28年)4月、伊藤博文と清の全権大使李鴻章が下関条約を締結。

日本側の台湾割譲要求に対して李は、台湾本土に日本軍が上陸すらしておらず、筋が通らないと大いに反論したものの、遼東半島を簡単に手放した事に反して台湾を割譲させることになる。

中台側に日本の尖閣国有化の認識はなく、下関条約による台湾占領により、中国、台湾との間で尖閣領有問題が消滅した。

当時の国際法であっても、外交問題を回避するために通告すべきであったが、日清戦争の勝利が確定したこともあり、何とでもなるとうがった考えがあったのだろう。

4.1945年 尖閣諸島及び沖縄諸島は米国の施政下となる。

台湾は中国(中華民国)に返還されたが、米国は尖閣を沖縄とともに施政下に入れた。中国は尖閣諸島を台湾の一部だと返還を求めたが、かなえられなかった。

中国には尖閣よりも重要な問題が山積しており、また、海洋権益に対する認識も浅かったことも原因であった。

5.国連ECAFE(アジア極東経済委員会)の調査により、1968年に尖閣諸島周辺に石油埋蔵の情報が出る。

台湾・中国が尖閣諸島領有を主張、遅れて日本も(1895年に閣議決定した)杭を69年になり打ち始める。

中国の尖閣領有に関する主張の機会は、戦争と米国の存在により、1972年まで訪れないことになる。

因みに、1945年以降は米国の施政下にあり、1895年〜1969年までは実行支配はしていない事になり、日本政府が言う「固有の領土」には矛盾を生じる。

6.1972年、日中国交正常化締結時、田中角栄首相は尖閣問題に言及したが、周恩来首相は今回は問題にしたくないと「棚上げ」を提唱。

外務省にも記録として残されている。

ポイントは、田中角栄の発言にある。

田中は、尖閣問題を解決しないと日本に帰れないと言及していたことから、日中間に尖閣問題が存在すると考えていた。国会も国民も同様だと考えても良いだろう。

外務省は、今になって、田中は返事をしておらず、棚上げを了承していないとするが、一国のトップ同士の対話では、シカトなどするはずはない。後日、田中が周辺に漏らしたコメントでも、棚上げを言及していたことから、田中は了承していたと見て良い。

7.1978年の日中平和条約締結後、来日した鄧小平は下記の発言をしている。

「尖閣諸島を中国では釣魚島と呼ぶ。たしかに尖閣諸島の領有問題については中日間双方に食い違いがある。国交正常化の際、両国はこれに触れないと約束した。今回、平和友好条約交渉でも同じように触れないことで一致した。日中間で対立があるこういう問題は一時棚上げしても構わない、次の世代は我々より、もっと知恵があるだろう。皆が受け入れられるいい解決方法を見出せるだろう」

もし、棚上げを否定するのであれば、この時点で対話すべきであったと考える。

対話もせず、勝手な判断だけで、問題解決とする日本政府に対する信頼度は自ずと低いものになる。

中国、米国から見た日本政府は、修正主義と言われても致し方ない。

8.2010年の尖閣での中国漁船衝突事件の折、当時の前原外相は、日中には領土問題はないと国会で答弁、棚上げ合意は正式合意ではないと言明。その間、中国とは尖閣に関する対話はしていないし、日本でも議論されていない。

9.石原都知事の言明を皮切りに、2012年9月9日APEC首脳会議時に、胡錦濤主席は野田総理に国有化を反対したが、野田総理はそれを無視し9月11日には国有化を決定。

国有化は日本と中国では取り方も異なり、特に「化」の表現は強い意味があり、中国にとってはより問題としている。

10.2013年5月、日台漁業協定を締結、台湾の馬瑛九氏は、領有議論は棚上げとし、共同資源開発を提唱。
中国はこれに不快感を示すも、強い抗議には出ていない。

11.安倍総理は、日中には領有問題は存在しない立場を保持し、また、靖国参拝、中国包囲網を形成するなど、中国との関係改善の糸口を自ら無くしている。

12.本件は米国にも責任の一旦がある。米国は尖閣諸島の施政権が日本にあるものの、領有権に関しては言明していない。これは、国際法云々ではなく、米国の東アジアの軍事配備に関わる米国自国の事情によるものである。

13.日本政府は、国際法にある先占の法理を持ち出すが、当時は欧米列強による侵略が流行していた時代であり、国際法の先占の法理の判例もあまり見られず、現代では認めらるものではない。

14.また、中国側も、国際法など第三者機関が関わる処理がされていないなど、領有論理に決め手がない。

15.中国強硬派の軋轢があった当時の胡耀邦は、靖国参拝を見送るとの中曽根総理の言葉を信じたのだが、それを裏切り参拝したことにより、失脚に結びつくことになる。

中国政府から見ると、安易な約束をし、簡単に修正する日本政府は信頼性に欠けると見ているようだが、これもコミュニケーションの欠如が原因であろう。

16.2015年は戦後70年となり、それまでに日本政府は靖国問題を含めて、日本国民に対する戦争(日中戦争、太平洋戦争)の歴史的な総括を行ない、それに基づいた尖閣と靖国の位置付けを国民と中国、韓国へ説明する必要があろう。

それと並行して、尖閣「棚上げ」から、例えば「共同領有」など議論を前進させ、相互に無駄なコストがかからない、ウインウインの関係構築が必要である。

この世論形成の下地を作り、逆に尖閣の存在を平和的なシンボルとするよう双方が理解する事を期待したい。

日中は、互いに繁栄するための経済、金融、環境、社会などの問題を数多く抱えており、無人島の尖閣は、両国にとり非常に小さな問題となるべきである。

(一部継ぎ足しをしたため読みづらい部分がありますがご容赦下さい。)

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